今日は皆既月食が見られました。
長崎市の科学館で行われた観望会には多くの人がきていました。
長崎からは残念ながら月が欠けていくところは見えませんでしたが、赤銅色をした月が上っていました。
なぜ人は星に願いをかけるのか。
今日なんとなくわかった気がします。
もともとの目標を見失いかけてる自分がいる。
ただ芝居を成立させればいいと思っている自分がいる。
もう一度原点に戻る。
すべてはお客さんのために。
誰がなんと言おうと500円というお金を払って見に来てくれるお客さんのために僕は動く。
年明けからなんかかんかあってたいへんでした。
自分の誕生月が一番のアンハッピーになりそうなこの何日間か・・・
仕事でもMusicaでもプライベートでもいろんなことがありすぎて、そうとうしんどい。
多分来週、再来週がピークだよ・・・
はぁ
ため息しかでない今日この頃。
大体、今回の規模の企画を専任スタッフ3人で回さなきゃいけないって時点で無理があるんじゃねーの。とか思いつつ・・・
ごめんなさい。誰か助けて。
そしていろいろ許して・・・
ナガサキ原爆の日。
さて、この言葉が意味を持てるのは後何年あるのでしょう。
原爆投下から62年。
平和公園で行われた式典に参列したり祈りをささげる被爆者の方々が、年々減っているように感じます。
純粋に被爆者の数が減ってきている。
それもそうです。たとえ被爆当時6歳だとしても68歳。まだまだ元気な方もいらっしゃいますが、被爆し放射能や当時の傷を抱えながら生きていくには果てしない事です。
被爆体験の継承がさまざまな形で成されています。
ヒロシマ原爆の日である8月6日。
この日200回目を達成したお芝居が上演されました。
「
命ありて」
自らの被爆体験を一人芝居で上演するもので、語り部がただ話す被爆体験と違い、視覚的、音響的効果が多く使われ、とても見やすいお芝居でした。
このお芝居を上演し続ける渡辺司さんは、このお芝居をはじめるまでは、自らの体験を他人に話すことはされてなかったそうです。
理由は思い出したくないから。
何も知らない人が見たら、ただの陽気なおじさんなんです。
そんな人でも自らの体験を思い出すことすらしたくないような恐怖が起こっていたのです。
被爆体験の継承はさまざまな形で成されています。しかし果たして、どれだけの人がその思いを続けることができるでしょうか。
私たち若い世代が、如何にこの8月9日を迎えるか。
被爆者の思いを受けつなぐのはわれわれの世代なのではないですか?
量販店の陳列棚に洗剤ジュース置く、容疑の中3逮捕…長崎なんというかとんでもないですね。
それにしてもこの被害者のみなさん、ペットボトルが開封済みということには気づかなかったのでしょうか。
未開封のペットってあけるときにブチブチって言うじゃないですか。
まぁ意識してないと気づかないモンなんでしょうね。あれって一応こういう事件の防止っていう一面もあったりなかったり・・・
長崎もアブナイ町になってきたんですね。
犯罪は犯すほうが圧倒的に悪いんですけど、被害にあわないような心がけも必要なんでしょうね。